2006年7月11日火曜日

会社で美味しい珈琲を飲む為に

 僕は珈琲が好きで趣味の欄に「珈琲を飲む事・淹れる事」と書く程である。当然仕事をしていても珈琲が飲みたくなるのだががここで問題があるのだ。第一に僕はインスタントコーヒーや缶コーヒーの類いは珈琲だと思っていない。あれは珈琲に似た何か、或いは珈琲の名を騙った何かであって断じて珈琲ではないと個人的には考えている(なので他人がインスタント・缶コーヒーをがぶがぶ飲みながら自分を珈琲好きだと主張した所でどうでも良いのだが唯一つインスタント・缶コーヒーを飲んだ後の口臭だけは勘弁して頂きたい。同時に喫煙もしていたりすると最悪であれは自分の周囲から人を遠ざける為の威嚇なのだろうと思う。きっとその人の周囲には自爆テロ決行寸前のカルティストや飢えた大型肉食獣や妻など近寄って欲しくない何かが居たのだろう)。括弧内の枝葉末節的文章の長さにそろそろ読者は脈絡を見失いつつあると思うが話を戻すと仕事中に珈琲を飲もうと考えた時に発生する複数の問題点についてであるが実は一つしか思い浮かばない。第一に挙げた唯一の問題を乗り越え仕事中に僕が珈琲だと考え得る物を飲むには幾つかの策がある(そろそろ読者も僕のレトリックに慣れてきたかと思うが幾つかと書いた時や第一にと列挙しようとした場合実は項目は一つしかない事がしばしばである)。しかし今回ばかりは複数の策があるのである。最も簡便な案は職場を抜け出してドトールにでも行き珈琲を購入する方法だ。ドトールの珈琲は僕が珈琲と認め得る最低ぎりぎりの線だがそれはつまり合格しているという事なので飲めばある一定水準の満足は獲得できる。次の案として朝方自宅で珈琲を居れ魔法瓶に入れて会社に持っていき逐次それを消費するというものである。僕はそれなりに拘った珈琲豆を購入し淹れる寸前に本格的なミルで豆を挽きカリタ式ドリッパと鶴口ポットで細心の注意を払って珈琲を淹れる。それはそれは美味なる珈琲になる。これを仕事場で飲めるのは魅力的な提案と言えよう。三つ目の方案はマグカップ一杯分程度の珈琲を淹れるに適切な小さなドリッパと挽いた珈琲豆を会社に持ち込みキャビネットに保管し適宜それを利用して珈琲を淹れる方法である。湯は湯沸しポットから取ることになるので自宅で作る程美味なる味にはなり難いがドトールよりは美味しかろうと思う。第一の案はオフィスを抜け出さなければいけないという比較的困難な条件がある(僕は客先に出向している身であり仕事に対する姿勢はキチンとしていなければならないと考えられている。従って普段はキチンとしているのである。あーあーあーあー聞こえないキチンとしていますあーあーあーあーあーあーあーあー聞こえない聞こえないキチンとしているんです)。第二の案は荷物が重くなるので却下である。そもそもブリーフケースには魔法瓶を格納するスペースが無いのだから物理的に不可能なのだ(ならばそんな案は提案するなと思うかもしれないがまったくその通りだと思う。そろそろ括弧書き文の多さに苛立ってきたと予測するがそれも計画の内である。括弧を多用すると読者は文章の道筋を失い文と文の前後の関係を忘れていく。そうすればこの鬱陶しい句読点の少なく論理改行の存在しない文にオチが無くても誰も問題点を指摘できなくなる)。従って第三案となるのだがまずは小さめのカリタ式ドリッパを購入せねばならない。まずはそこから始めるとしよう。



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